米国のトランプ政権と日本を含めた各国との関税交渉が「トランプスピード」で進んでいるようです。90日間で各国との協議がまとまるのか、要注目です。一方、米国からの追加関税に対して報復措置を連発し、一歩も引かない中国は、トランプ政権に対しどう対応しようとしているのか。米中貿易戦争で日本が被る可能性のある「ブーメラン」とは?
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著者の加藤 嘉一が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「トランプ関税に一歩も引かない中国。貿易戦争で日本が警戒すべき「ブーメラン」とは?」
トランプ米政権と各国との間で進む関税交渉
世界がトランプ関税に翻弄(ほんろう)されています。
第2次トランプ政権が1月20日に発足・始動後、トランプ大統領や周辺の閣僚たちは、スピード感を持って、彼らなりの政権運営を進めているように見受けられます。
私から見て、米国の内政、トランプ大統領が重視する分野、外国との関係という観点からすると、同政権が真っ先に取り組むべく動いてきたのが関税とロシア・ウクライナ戦争の停戦協議だったと思います。「平和を愛するビジネスマン」とされるトランプ氏としては、開戦からすでに3年以上が経過しているウクライナでの戦争終結に貢献することで、ノーベル平和賞の受賞を含めて、歴史に名を残したいという思いもあるのでしょう。
一方、停戦に向けた協議は難航しており、ルビオ国務長官が「トランプ大統領が交渉に対する忍耐の限界に達しつつある」と警告した後、4月23日にロンドンで開催予定だったウクライナ停戦交渉の次回会合を欠席すると発表しました。ロシアとウクライナ双方の主張や立場が対立しており、合意に向けた妥協点が見いだせない中、トランプ大統領もイライラしているのでしょう。停戦交渉で結果を出すのが困難と判断すれば、同時進行で進めている関税交渉で成果を上げるべく、従来以上にスピードアップして臨んでくるかもしれません。
トランプ政権は4月9日に貿易赤字が大きい国や地域を対象にした「相互関税」を発動しましたが、マーケットへの悪影響への懸念もあってか、半日でそれを引き下げ、報復措置を取らず、問題解決に向けて協議を要請してきている国々に対して関税発動を90日間停止し、交渉していく姿勢を打ち出してきました。
現在の進捗(しんちょく)状況に関して、ホワイトハウスのレビット報道官が4月22日の記者会見で、トランプ政権は現在、各国から18の提案が書面で示されるなど進んでおり、今週もベッセント財務長官、ラトニック商務長官、およびグリアUSTR代表などが34カ国と会談する予定だと発表しました。「トランプスピードで動いている」とそのスピード感を強調していました。
先週、日本の石破政権は赤沢亮正経済再生担当大臣をワシントンへ送り込み、トランプ大統領やベッセント財務長官らと会談し、関税交渉をスタートさせました。米国は日本との交渉を最優先に据えていると主張していますが、両国間の隔たりは依然大きく、厳しい交渉になるのは間違いないでしょう。他国の交渉状況にも注目していきたいと思います。
「ボールは米国側にある」というスタンスで事態を「静観」する中国
レビット報道官は会見で、トランプ政権による「90日間猶予」の対象外であり、貿易戦争が激化している中国との関係ややり取りに関して、「トランプ大統領からは『中国との貿易をめぐる取引の可能性について、我々は順調に進んでいる』と皆さんに共有してほしいとのことだった。トランプ政権は中国との取引に向けた土台を固めている。正しい方向に進んでいる」と主張しました。
当のトランプ大統領も4月22日、ホワイトハウスでの会見で、中国との貿易交渉には「非常に好意的に」臨むとし、「我々はとても幸せに共生し、理想的には協働するつもりだ」と述べて、中国と強硬な交渉は行わないと主張しました。対中関税が「大幅に引き下げられるが、ゼロにはならない」と述べた上で、中国側がディールに合意しない場合は、米国側が条件を設定すると発言しています。
大統領や報道官の発言を額面通りに受け止めることには慎重になるべきだと思いますが、少なくとも言えることは、トランプ政権としても、中国との貿易戦争が激化すれば、米国のテック企業や一般消費者への負担が増加し、国内のインフレ圧力が高まり、金融市場をさらに混乱させるといった懸念を抱いており、故に関税率の再設定を含め、中国側との関税交渉をできる限り穏便に軟着陸させたいというスタンスなのだと思われます。
トランプ関税で揺れる世界経済にとっても、米中が交渉のテーブルに着くのだとすれば、それは朗報であり、追い風だといえるでしょう。
一方の中国はトランプ陣営から発せられるシグナルをどういう心境とスタンスで認識しているのでしょうか。
私がこの期間、習近平(シー・ジンピン)政権の動向や対応を観察し、中国の関係者らと議論してきた過程で実感しているのは、中国側は焦って、急いで米国側との交渉に臨み、合意を得ようというスタンスではないということです。もちろん、互いに3桁の追加関税を課し合うことで、中国経済、企業が受ける打撃は軽視できません。一方、中国は貿易や取引先の多角化などを通じて、可能な限りダメージをコントロールしつつ、「米国側の一方的な政策措置には断固反対し、どこまでも付き合う」「国際経済システムを守るために、中国は絶対に引かない」というスタンスを前面に打ち出すことで、国際社会における影響力と信用力を向上させようという戦略を持ち、行使しているというのが私の見方です。
すなわち、「ボールは米国側にある」という立場の下、今回の関税戦争は米国側から始めたのだから、米国側が率先して問題解決に動くべきだ、電話会談をしたいというのならそちらから要請し、かけてくるべきで、話はそれからだ、というスタンスです。今後、トランプ政権が、習近平政権に対してどのようなボールを投げていくか、それ次第で、中国は何らかの対応をしていくことになるのではないかと見ています。
米中貿易戦争が緩和の方向に進んでいくのか、現状が硬直化するのか、あるいは何らかのトリガー(引き金)によってさらに激化するのか。世界経済とマーケットの行方を占う上でも、米中間のやり取りや駆け引きを注意深く見ていく必要があると思っています。
中国が警戒する「対中関税包囲網」。日本は「ブーメラン」を要警戒
戦略的競争相手である米国側との関税交渉は、事態を静観しつつ、トランプ政権の態度や出方を見つつ、じっくり対応していく一方、中国側が内心懸念している事態があります。それは、トランプ大統領が各国との関税協議の中で、交渉対象国に対しても、中国への追加関税を課し、米国と歩調を合わせることを要求し、関連諸国がそれに応じることで、「対中関税包囲網」が構築される事態です。中国は特に、EU(欧州連合)、ASEAN(東南アジア諸国連合)、日本、メキシコなどの動向を気にしていると私はみています。
そういった事態を回避すべく、中国政府はすでに国際社会に対してけん制球を投げてきています。中国商務部報道官が4月21日、次のように声明を出しているのは特筆に値します。
「中国は各国が平等な話し合いを通じて米国との通商摩擦を解決することを尊重する…(一方)中国は、中国の利益を犠牲にすることを代償としたいかなる取引の締結にも断固反対する。このような状況が出現すれば、中国は絶対に受け入れず、断固として対等な対抗措置を講じる。中国には自国の権利と利益を守る決意と能力がある」
仮に日本政府が米国との関税協議の過程で、中国関連の話になり、協議を妥結する一つのカードとして、トランプ政権に協力する形で中国に対して何らかの態度を表明したり、措置を行使するとして、中国側がそれを「中国の利益が脅かされた」と認識した場合には、中国政府が日本に対して何らかの報復措置を取って来るということです。一種のブーメランともいえ、日本企業の対中貿易や中国での事業展開にも実質的な影響が及ぶ可能性もあります。
日本政府はそのあたりの事情も十分に認識した上で米国側との協議に臨み、中国側の動向も把握していくものと思います。一つだけ言えることは、米中貿易戦争への対応次第では、日本も巻き込まれ、企業や国民に被害や犠牲が及ぶリスクも全く否定できないということ。この点に留意しつつ、引き続き、米中双方の動向を注視していく必要があると思っています。
トランプ関税に一歩も引かない中国。貿易戦争で日本が警戒すべき「ブーメラン」とは?
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